唯一の正しい知恵は、人類から遥か遠く離れた大いなる孤独の中に住んでおり、人は苦しみを通じてのみそこにたどり着くことができる 〜エスキモーのことば
KusakabeWorks | Twitter | iddy
もしも、
何かを始めて不安になったら
それはきちんと始められていることの道しるべ。もしも、
何かを始めて不安になったら
それはマニュアルに無い事柄を自分で始めようとするときの
はずかしさ。当然、それらは間違っているかもしれない。
でも、
—
何かを始めて不安になったら
後でその感覚を思い出せるようにとても大切にしなさいな。
沙門さん ひねもすのったり のられたり 2008/10/30 生身 (via ginzuna)
――あの栄光の1980年代よもう1度、という回顧主義的な動きも見受けられます。
出井 「過去という夢」を見ているわけね。
日本の80年代の「モノづくり」が今一番得意な国は中国でさえなくなっているんです。もはやベトナム、マレーシアでしょう。もちろん日本のメーカーの下請けで成長してきた国々ですが。かつての「モノづくり」というのは一番まねしやすいわけですから、それを得意とする国が多くなる。
いまや日本で作れるものは、全部中国やアジアで作れますよ。それはもう自覚すべきですよ。だから中国でできないことを日本でやらなきゃいけない。
アメリカは、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」のときに日本をさんざん叩いて、「脱・ニッポン」と国策の方針をまったく変えたわけですね。それがその後の冷戦の終結と相まって、今のアメリカを支えるIT産業の戦略であり、金融戦略となった。 ITで言えば、アマゾン、イーベイ、グーグル、ユーチューブ。他にも多々ありますが、世界に飛び出るベンチャーが出てきましたよね。
日本にはそれに匹敵する世界企業って1社も出てない。アメリカが元気に世界的企業を生み出してきたのに対し、日本はまったく何もできなかったということです。だから、日本がモノづくりが好きだとか、匠の技だとか、メディアでも色々と特集をやっていますけど、あれは1980年代の「モノづくり」なんです。何度も言いますが。その後は何もできていないんです。
— 出井伸之氏に聞く(後編)「もはやニッポンはモノづくりでは勝てない」:日経ビジネスオンライン (via shibata616) (via otsune) (via ninjatottori) (via jinon) (via yashlu)
あるバーテンダーの話
615 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/04(日) 03:41:23 ID:YHVIcSWV0
昔、俺がまだ神戸で雇われのバーテンダーだった頃の話。
その店は10階建てのビルの地下にあった。で、地下にはうちの店しかないんだけど、階段の途中にセンサーが付いてて、人が階段を通るとカウンターの中のフラッシュが光ってお客さんが来たのがわかる仕組みになっていた。
でもたまに、フラッシュが光っても誰も入ってこない、外を見ても誰も居ないって事があって、俺は寂しがりやの幽霊でも来たのかなって半分冗談みたいに、ウイスキーをワンショットカウンターの隅の席に置いて「ごゆっくりどうぞ〜」と言っていたんだ。
それからはそれがおまじないというか、げんかつぎみたいになって、そうゆうことがあると、いつもそれをしてた。そのうちお客さんも「おっ今日も来てるねー」みたいな感じになって(そうゆう日に限って店は凄く忙しくなった) 姿は見えないけど、その頃は店の常連さんみたいに思っていた。
ある冬の朝方、またフラッシュが光ったんで、こんな遅くにお客さんかぁと思って外を見ても誰も居ない。なんかそのまま朝の空気が心地よいので、階段の上まで昇って一服してたら、突然の大地震。そう阪神大震災です。
うちのビルは地下と一階部分がぺっちゃんこ。あのまま中に居たら確実に死んでました。
あとから考えるといつもただで飲ましてあげている、あの見えない常連さんが助けてくれたのかなぁと思います。
今も違う場所で自分でお店をやってますが、その店のスイングドアが風も無いのにギギィーって揺れたりすると、今でもウイスキーをワンショットカウンターの隅に置いてます。
そして心の中で「いらっしゃい。あの時はありがとうございました。」と思うようにしています。
— あるバーテンダーの話 コピペ新聞 (via takaakik)
2008-05-21 (via gkojay) (via jinakanishi) (via ak47) (via scarecrowbone) (via rm233)
ある作家は、次のような体験を語っています。
子供の頃、私はひどく短気で、そのためにしばしば怒りが昂じて、残酷なことを言ったり、良くないとわかっている事をしたりしました。ある日、私が遊ぴ友達に対して怒りを爆発させてしまい、泣いているその友達を家に送って帰ってくると、父は言いました。
「おまえが怒って、思いやりのないことを言うたびに、門の柱に釘を打ち込むことにしよう。だが、おまえが、忍耐強くいて、親切で優しい言葉を言う度に、一本釘を抜いてやろう」と。
数カ月がたちました。その入り口を通るたびに、釘の数がどんどん増えているのが見え、どうしてもその理由を思い出さずにはいられません! そこで私はついに、その釘が抜かれるようにするのはチャレンジになるから、最善を尽くしてやってみようと決めたのでした。
とうとう、待ちに持った日がやってきました。
最後の一本の釘を父が抜いてくれた時、私はそこらへんを飛び回りながら、誇らしげに言いました。
「お父さん、やった、釘が全部なくなった!」父が穴だらけになった柱をじっと見つめている様子が今も目に浮かびます。父は、思慮深くこう言ったのです。
「ああ、確かに釘は全部なくなった。だが、痕は残っている」
— 究極至高のコピペ+ 【ちょっといい話】私は短気で周りを傷つけてばかりいた (via sametimesameplace) (via theemitter) (via yaruo) (via handa) (via shayol) (via para-fall) (via nnnnnnnnnnn) (via nuremochi) (via yuco) (via cobratwist) (via plasticdreams) (via jumitaka)
2つの理論のうちどちらかを選ぶなら、自分が中心でないものを選ぼう。
この原則は大きなアイデアに限らない。日常生活でも役に立つ。たとえば冷蔵庫にケーキが1つあるとする。そしてある日、帰宅すると家の誰かがそのケーキを食べてしまっていたとしよう。ありうる説明は2つ。a) 家の人は、あなたがケーキを取っておいたと知っていながら、怒らせるためにわざと食べた。
b) 家の人は、お腹がすいていた。
bを選ぼう。「愚かさで説明がつくことを、決して悪意の結果と捉えてはいけない」という言葉が誰の言葉かわからないが、説得力のあるセリフだ。より一般的なバージョンは、ギリシャ人に対する現代人の答えだ。
— 2009-09-11 - らいおんの隠れ家 (via yasunao) (via gkojax) (via jinakanishi) (via tasu) (via sirnose) (via plasticdreams) (via jumitaka)
メディアって共感を得ることでお金を払ってもらえたりするシステムじゃないですか。そうすると知識欲のある人に訴えかけるよりも、バカに対して共感を覚えさせるほうが楽ということになる。 — Twitter / カズ ワタベ (via shibata616) (via wideangle)
呪われし者、我が名はアニメーター
1986年1月28日深夜。当時、職場で働いていた俺達に、
TVからスペースシャトル爆発の緊急速報が流れた。
突然の惨事に驚き、机から離れTVの前に集まった俺達はそこで、
たった今 CNNから届いたばかりのチャレンジャー号の映像を見た。
シャトル打ち上げを見送りに来た、搭乗員の家族達の目の前で、
無残にも こっぱ微塵に爆発するスペースシャトル。
TVに映し出される、粉々に砕け散ってゆくチャレンジャー号の映像。
その瞬間 俺達全員は、口をそろえてシャウトした。
『カッコイイーーーーーッ!!!』
速効でビデオに録り、何度も何度も繰り返し見る。
爆破の瞬間をコマ送りで、眼を爛々と輝かせ、嬉々とした表情で。
アニメーターになりたいと思っているあなたへ。
この、人道を踏み外した俺達の仕事がアニメーションの作画です。
— Production I.G (via animators) (via shayol) (via armoredbear) (via uessai-text) (via hayami) (via tnoma) (via ginzuna) (via seiichirou) (via kasei-san) (via udonchan) (via hisaruki) (via shiraishi-unso) (via katoyuu) (via tsupo) (via jumitaka)